「自分だけの部屋」

コロナのある世界になり、ロックダウンになり、友達の訪問も難しくなって初めて、分かったことがありました。

それは、私は一人暮らしだというのに、常に「いつか誰かが遊びに来た時に一番居心地がいいように」としか、部屋のレイアウトを考えたことがなかった、ということでした。
私はなんと、今まで一度も、自分が日々どうしたら一番使い勝手よくやりたいことを全部やれる部屋にするかと、考えたことがなかったのです。

それに最初に気づいたのは、最初のロックダウンが明けた2020年夏のことでした。
今までは年に一回は母が旅行に来てましたし、友達がたまに食事や泊まりに来ることもあったので、いつでも客用のソファーベッドを引き伸ばしてベッドにできるように、しかもその周りにトランクを置いても快適に動けるところにしか、ソファーを置けなかったのです。いえ、「置けないと決めつけていた」のです。──8年もの間!
これのせいで、私の部屋の中には長い間、「画材を出しっぱなしにしておける場所」がなかったのです。本当におかしな話なんですが、事実なのです。
どうりで学校の友達が遊びに来たとき「どこで制作してるの?」と聞かれたはずです。私は一時期に集中して制作する以外は、すべて画材をすっかり片付けるしかなかったからです。

で、やっと気づいて「ベッドを伸ばす前提では決して置けない場所」に、ソファーをどかしてみたら、すっごい部屋が広く…。なった。。当たり前ですが、人が来た時にだけ配置を変えればそれで済む話なんですよね。何だったんだろうか…。本当に…何だったんだろうか…。
しかし、ここはあくまでもスタート地点で。
それから、探求が始まりました。
どうやったら、どこに、どういう配置で、「制作だけをしていい場所」が確保できるか。意外と、確保が難しい。どうしたもんか…。。狭い日本の家だと逆に自然とできたことが、広いヨーロッパの部屋の中でどうしたらいいのか分からなくなっていたのです。
とりあえず、家で一番大きな座卓を部屋の一角に、制作や作業用に確保したところまでで、2020年が終わりました。そこでまだ全然、集中して作業ができない状態で、とりあえず、です。
ただ、テーブルの確保すらそれまで難しかったのは事実です。

 

それから年末日本に帰り、狭い実家の自室に入ると、自然と集中できることに気づきました。とにかく落ち着く。狭いっていいな…と。
それでうすらぼんやり、「今の家のリビングをうまく間仕切りして、二部屋あるような状態に錯覚できれば、集中しやすくなるのではないか」とイメージが湧いてきました。どうにかして、開放感ではなくいい感じの穴ぐら感が出せればいいのではないか、と。
どうやってやるかはまったく白紙のまま、いざとなったら強引にカーテンでもぶら下げるか…と思いながら帰って来て検討してみたところ、間仕切りのような位置にあるカウンターテーブル下を塞げば、向こうが見えなくなるというだけでかなり穴ぐら感が出て落ち着くことに気づき。
板でも買ってくるか…いや布がいいか…いやでかいダンボールでも…と思っていたら、紙挟みにしてあった超大判ダンボールを寝室に「邪魔だな…」と思いながら置き続けてきたことにやっと気づいて、それを仕切りとしてカウンターの下に置いたら。
おさまりました。スッポリと。あつらえたように。まるで待っていたかのように…。。
で、やっとできました…制作コーナーが…!
今、仕上げに低い棚を一つ買い足したら完成する、という段階までこぎつけました。今のままだと画材の配置ができていなくて動きづらいので…。(なので、まだゴール間近の途中です。)

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長々と書きましたが、とにかくこれで分かったきっかけが、「私は一人暮らしの自分の部屋すらも、自分のために使えていない」と気づいてしまったことでした。
もう、不憫にすら感じました。一人暮らししてる意味って一体…。。
遊びに来る友達が一人いるだけで、その時のために備えてしまっているのです。いやもう一人暮らしやめろや!てツッコミたくなるレベル。でも一人暮らしはしたいのです。なのに、中途半端すぎる。おかしい。本当におかしいことが起きている、と。8年も暮らして9年目にやっと、気づいたのです。

コロナで誰も遊びに来れなくなって、誰も泊まりにこれなくなって、だったら一人しかいないんだから好きにすればいいんだと思った途端、首のあたりに知らない間にずっとつけ続けていた重しがゴトンと外れた、ぐらいの感覚がありました。
知らなかった。
正直、全然知らなかった…。

さらにこの次に気づいたことは「自分は、自分一人が進化したり幸せになったり安全になったりしても、決して幸せだと感じられない性質である」という事実でした。
自分さえよけりゃって性格なら、もうとっくに行くとこまで行ってるはずなんです。勢いはすごいので。今までもそうしたいと思ったり、そうしようとしたことは何度もあった。
でも結局、ずがん!と突き抜けようとするたびに、まわりが振り落とされそうになって涙目になってるのをみてはいちいち引き返してきた。それはなぜか。一人で先へ行っても、幸せだと感じられないから。でも、正直ちょっと、そんな自分にイライラもしてるわけです。気にせず行けよと。別にいいじゃんと。思ってる自分もいる。でもやっぱり、自分にとっての本当の幸せはそこには待ってないと分かってしまっているから、引き返す。といっても自分のレベルを下げるのではなくて、周りになるべく説明して、ついてきてもらうんですよね。……これはこれでやばいですね。うん。。ただ、そこで縁が切れる人がいるのは仕方ないと受け止めているので、誰にも嫌われたくないとか、皆に笑顔でいてもらうために自己犠牲をしようとは全くしてないです。ただ、ちょっと自分にイラっとしてるけど、それでも結局は自分が幸福を感じられるためには一人で突っ走らないこと、という性根に生まれつきなっているから、そうしてるだけなのです。あくまでも、自分のためにやってる。

それでいくと、この先も私はこうだな、と。
だとしたら、もうそれを引き受けるしかないんだな、と。
その上で、自分の内面を心ゆくまで追求する作業を総合的にやっていく作業場が絶対に必要なんだな、と。
で、2020年からコツコツ取り組んで来た結果、たどり着いたいくつかの非常に重要な物の一つが、「自分のために作った、自分の部屋」です。

プラハ一人暮らし。9年目の出来事です。